難波の脱社畜ストーリーその2~アトピーが猛烈に悪化した社畜時代

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まだの方はこちらの記事をお読みください^^

難波の脱社畜ストーリーその1~今の難波の生活

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数年前、僕は毎日のように
上司から怒鳴られる日々を送っていました。

 

「おい、難波、何してるんだ?」

「そんな事も分からないのか?」

 

忙しくてギスギスした職場で、
上司に言われるがままに働く毎日。

 

時として罵声も飛んできて
僕はビクビク怯えるように会社に行っていました。

 

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まさに社畜という言葉が相応しい日々でした。

 

そもそも、僕がサラリーマンになったのは
元々、「何かやりたい仕事があったから」ではありません。

 

何となく周囲に流されるがままに
気が付いたらサラリーマンになっていた、

というのが実際のところです。

 

あとはちょっと意識高い系の部分もあったので

「何となくかっこいいIT系の会社にしよう」

という軽いノリで決めたのです。

 

確かに正社員だったし、給料も悪くはなく
世間的に見たら決して悪い環境じゃなかったのかもしれません。

 

しかし、僕は入社して早々に違和感を感じました。

 

会社の上司が僕が入社して早々に2人退社。

 

しかも、僕の面接でお話をしてくれた先輩が
鬱のような状態になって退職したと耳にしたのです。

 

はっきり言って、もう嫌な予感しかしませんでした。

 

そして、その嫌な予感は見事に的中することになったのです^^;

 

4月に入社したばかりなのに
7月くらいから人手不足になって
既に土日も仕事という状態に追い込まれました。

 

IT系だったので忙しい仕事なのは覚悟していましたが
その忙しさは想像以上。

 

そして、忙しさ故のギスギスした雰囲気が
職場を充満していて、怒鳴り声が聞こえるレベル。

 

分からない事だらけでしたが、
分からない事を聞くと怒られたり、

逆に、怒られるのが嫌で何も聞かないと
それはそれで怒られたりと、

「何をしても怒られる」

という状態だったんです。

 

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確かにお給料は平均より良かったですが
それ以外は全ての面で奴隷そのもの。

 

俗に言う

「ブラック企業」

に入社してしまったわけです。

 

ただ、その当時は、

「まぁ、なんとかなるだろう」

と甘く考えていました。

 

ストレスはかなり感じていましたが、
楽観的にプラス思考で日々頑張っていたんですね。

 

「こんな状況でもずっと続ければ慣れるだろうし
きっと良くなっていくに違いない」

 

「今は自分の実力が足りないから大変だけど
慣れれば仕事も楽しくなっていくだろう」

 

そう思い込むようにして頑張っていました。

 

しかし、体は正直だったようです。

 

入社して1年も経過しないくらいの時に
体の異変に気付いたんです。

 

「体がかゆくてかゆくてたまらない」

 

実は僕は元々小学生くらいまで重度のアトピー持ちでした。

 

中学生くらいで良くなったんですが、
そのアトピーがストレスで再発したんです。

 

そのかゆみはもう尋常じゃないレベルで
何をやるにもかゆくてかゆくて仕方がないレベル。

 

会社に行っても仕事にはならないし、
夜、寝る時もかゆみで眠れないんです。

 

結果、仕事のパフォーマンスも急激に低下して

「持ち帰りで仕事をする必要がある」

という状態になりました。

 

仕事なので、「かゆいから出来ない」なんて
言い訳はもちろん通用しません。

 

何が何でも終わらせないといけない、
かなり厳しい状況だったんです。

 

そして、手を出したのがステロイド剤です。

 

アトピーはステロイド剤を塗ると一時的には
かゆみがおさまります。

 

しかし、副作用も酷く、後から更に悪化します。

 

ただ、副作用どうこう言っていられない状態でした。

 

だからこそ、こういうクリームを塗って、
誤魔化しながら頑張っていたんですね。

 

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そして、かゆくてどうしようもない時は
幹部に熱湯をかけるんです。

 

そうする事でかゆみが麻痺して
どうにかかゆみがおさまるからです。

 

このように、誤魔化しながら
何とか社畜として頑張りました。

 

その結果・・・

 

ようやく仕事に慣れてきて

「一人前に仕事ができるようになってきたかな」

と思う事が出来るようになってきたのです。

 

「やっぱり最初はきついけど慣れてくると
随分違うもんだな~」

そう思えるくらいメンタルにも余裕が生まれ
アトピーも少し回復してきたんです。

 

しかし、その矢先にまた事件が起きたのです。

 

それは、母が治療できない難病(一リットルの涙でも有名な病気です)にかかり
このままだと寝たきりになり10年後には亡くなってしまう、という宣告です。

 

この時、僕はショックを受けました。

 

「まさか自分の親が寝たきりに・・・」

 

あまりにも急な宣告は信じられませんでした。

 

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でも、帰省して親を見てみると明らかに左手が震えていて
神経症状が出ていて顔も表情がない仮面みたいになっていました。

 

「本当に病気になってしまったんだ」

 

そう思うと哀しくて辛かったです。

 

その時はあまりにも急だったので無気力状態になったのですが、
同時に僕は凄く不安になったのが

「将来やってくる介護の問題」

です。

 

社畜として働いていましたから
ほとんどの時間を仕事に費やす日々です。

 

会社員としてバリバリ頑張る限り
親のそばにいてあげる事は出来ません。

 

そう、仕事を取れば親との時間を作れないのです。

 

しかし、だからといって親との時間を取れば
社畜と言えどキャリアを諦めなければならなくなります。

 

そんな事を考えると途方にくれてしまう日々でした。

 

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そして、多大なストレスを受けたからか
アトピーが猛烈に悪化したのです。

 

その当時、客先に営業に出る必要があったわけですが
顔にまでアトピーが出てカサカサな状態。

 

よく、アトピー患者は「お化け」と形容されますが、
そこまで酷くはないものの乾燥して酷い見た目でした。

 

この状態で客先に行くのは

「苦痛でしかない」

わけなんですね。

 

そして、医者に言われた決定的な一言。

 

それは、

「今のストレスがなくならない限りアトピーも治らない」

という言葉でした。

 

そう、今の状況で社畜としての生活を我慢していても
ストレスはなくならず、アトピーも決して良くならない、
という事なんですね。

 

僕の中でこの言葉が決め手になりました。

 

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どうして、健康を悪くしながら、
楽しくもない仕事を我慢してやっているんだろう?

 

親のそばにいてあげられない仕事を
これから先もずっと頑張る必要はあるんだろうか?

 

今の自分は本当に自分に正直に
自分の人生を生きているんだろうか?

 

そんな想いがこみ上げてきたんです。

 

そして、決断したのです。

 

「今のまま仕事を続けても決して良くなりはしない。
何か新しい事をやらないと!」

 

この時に僕は

「脱サラする決意」

をしたわけです。

 

やっぱり、人生一度きりですから、
毎日楽しく過ごしたいし、自分がやりたい事をたくさんやりたい。

 

そして、親のそばにもいてあげたい。

 

かゆみに耐えながら、将来の不安と辛い想いで
日々仕事だけをする毎日に終わりを告げたい。

 

そう強く感じたんですね。

 

でも、決意をしたと言ってもその当時は無知ですし、

「何をしたら良いのかがそもそも全く分からない」

という状態です。

 

「脱サラと言っても
一体何をしたらいいんだろう?」

 

「どういう方法だったら
親のそばにいてあげられるんだろう?」

 

こういう悩みが生まれる事になったんです。

 

そんな風に悩んでいる時に、
たまたま昔の友達と会う機会がありました。

 

本当に、面白い偶然だったんですが、
その時に会った友達がきっかけになって
僕はネットビジネスの世界に飛び込む事になったんです。

 

ネットビジネスの「ネ」の字もなかった難波が
一気にネットビジネスに興味を持ったのは何故なのか?

 

引き続き、

難波の脱社畜ストーリーその3~難波とネットビジネスの出会い

をお読みください^^

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